奈良県・磐城村太田方の小作争議

 磐城村太田方。ただし現在はこの地名はない。1889年に成立した當麻村と磐城村は、1956年に合併して北葛城郡當麻村、1966年には當麻町、2004年には南隣の北葛城郡新庄町と合併して葛城市となっている。現在は葛城市太田となっている。

 農業県の奈良県では、「明治」以降、小作争議が県下各地で散発的に闘われていました。その多くの理由は、高い小作料(年貢)にありました。1922(大正11)年に生駒郡北倭村の小作人組合が日本農民組合に加盟して以降、県下各地で農民組合が作られ同時に小作争議が激しさを増していきます。
 磐城村でも、1924年5月に大字八川を先頭に10月には村内10大字に農民組合支部が結成され、伊瀬幸太郎、熨斗庄治磐城村支部長を先頭にして【農作物収穫期に当たり演説会を開き、示威運動をなし、団体力を以て、地主に接渉し、常に農民側に有利なる解決をなし居たりき、】活動を展開していきます。
 各大字の先頭に農民組合が立ち、小作料の減免を求める交渉が闘われます。

 農民組合の組織動機としては、
【私達小作人は、朝から晩まで、暑さ寒さに堪えて、先祖代々から今日までよく働いて、未だに私たちの生活は楽ではない。多少あった財産や自作地までが減って行く。殖えるのは借金と年貢米の滞りばかりだ。 石川啄木の歌に「働けど働けど なほ吾が楽しき暮らしにならざる ぢっと手を見る」 こんな苦しい生活より一日も早く脱して働けば、働き甲斐のある世の中を創りたいために】

 目的として、
【①組合の闘争によって、農民の生活を改善し、生産たる農民には合理的なる生活を保証するが如き、小作条件並に農業労働条件の獲得を期す
 ②国民全体の食料の源泉なる土地を利潤するの目的に濫用する弊害を排撃し、実際耕作者たる農民に土地利用の完全なる権利を確保するが如き土地制度の制定を期す
 ③実際の耕作者たる農民をして、その成果を完全に享有せしむるが如き方法に依る土地の改良、農業技術並びに農業経営方法の改善促進を期す
 ④小作農、小作兼自作農並びに農業労働者の強固なる組合に団結し、農業生産者の全国組織を完成せんことを期す
 ⑤組合の組織と活動を通じて農村無産大衆をして封建資本主義的隷属思想より独立せしめ都会プロレタリアートと協力して新社会建設の完成を期す】


 事業として
【①耕地の社会化 ②耕地の不買同盟 ③耕作権の確立を基調とする小作法の制定 ④最高小作料の制定 ⑤農業労働者の最低賃銀及労働時間の制定 ⑥階級的消費者組合の組織 ⑦地主及工業資本家の利益を擁護し、農民の生活を圧迫する租税の廃止 ⑧無産農民教育の制度確立 ⑨治安維持法、治安警察法並に農民運動の圧迫する法律及府県令の撤廃 ⑩全国的農民組合の完成 ⑪労農結合の具体化】

 其他として
【吾等無産農民解散=政治的経済的搾取を脱出する=のためには只、闘争することによってのみ最後の勝利が来るであろう、最後の日まで勝利の日まで闘争することによってのみ栄冠が輝くであろう、又、輝かさねばならぬ】

 と、小作争議を展開していた。

 

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