奈良県・天理市、柳本飛行場(大和海軍航空基地)での朝鮮人強制連行を考える学習シリーズ・2

 公式文書では、柳本飛行場の建設は1944年9月15日という事ですが、その1年ほど前からすでに建設準備ははじまります。柳本飛行場、正式名称は「大和海軍航空隊大和基地」との事です。飛行場自体の建設だけではなく、地下トンネルを掘り戦闘機が敵機から発見されるのを防ぐための施設の建設も同時にはじまります。地元天理はもとより奈良県全域から動員された人々によって、建設がはじまります。天理といえば「天理教」の発祥の地で、「天理市」という地名も「天理教」から由来しています。「天理教」から派生した「天理本道」教団は、戦前「大本教」などと共に宗教弾圧を受けます。敗戦間近になると「挙国一致」体制のもと、天理教の信者も飛行場建設にかり出されていきます。
 1944年と言えば、日本帝国の敗戦の1年前で、日本軍軍部の中では「本土決戦」が想定されていた頃です。おそらく、「本土決戦」の最後の砦としての奈良県を設定し、「大和民族発祥」の地を「死守」する目的で「御座所」の建設をも見据えて飛行場建設を行ったと思われます。
 この飛行場建設に朝鮮半島から強制連行されてきた2000人から3000人にも上る朝鮮人労働者が、強制労働を強いられました。同時に、朝鮮人女性が強制連行され、「慰安婦」を強制されました。

 その当時、小学生として「戦時学童徴用」されたFさんは、朝鮮人労働者が目の前で酷たらしい虐待を受けていた事を、今も涙ながらに訴えかけられて、証言・告発活動を続けられています。     【続く】

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