決起するぞ!水平社博物館見学行動に!  №1

ふらふら、よれよれ、だけど精神年齢20歳の「東西南北」のブログ初書き込みは、「決起するぞ!水平社博物館見学に!」です。

 奈良県御所市【ゴセ】柏原に、水平社博物館がある。「水平社博物館に行く会」の呼びかけで、来る11月12日(木)午後1時より水平社博物館を見学する行動がとりくまれる。「東西南北」は、この行動に断固賛同し決起する。
 今から80数年前の1922年3月3日、京都岡崎公会堂に於いて全国水平社結成大会は開催された。封建時代から延々と続く部落差別に対して、部落民自身が自らの力で自ら自身を解放するために立ち上がったのだ。。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と、全国水平社は産声をあげた。
 全国水平社の結成に中心的にかかわった西光万吉・阪本清一郎・駒井喜作の三人はこの地・御所市柏原の出身だ。全国水平社が結成される以前からここ柏原の地では、【つばめ会・親睦団体】[=ツバメのように自由の天地を求めて飛んで行きたい]→【燕会・自主的解放団体・1919年】[=なによりこの地を差別のない自由の地にしなければならない]が作られていた。
 この燕会こそが、西光万吉らが全国水平社を結成していく原動力になっていったのだ。
『全国水平社創立宣言』全文。
 【全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ。長い間虐められて来た兄弟よ、過去半世紀間に種々なる方法と、多くの人々とによってなされた我等の為の運動が、何等の有難い効果をもたらさなかった事実は、それらのすべてが吾々によって、又他の人々によってつねに人間を冒涜されていた罰であったのだ。そしてこれらの人間をいたわるかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた事を想えば、この際吾等のの中より人間を尊敬する事によって自ら解放せんとする者の集団運動を起こせるは、寧ろ必然である。兄弟よ、吾々の祖先は自由、平等の渇仰者であり、実行者であった。陋劣なる階級政策の犠牲者であり男らしき産業的殉教者であったのだ。ケモノの皮剥ぐ代償として、暖かい人間の心臓を引き裂かれ、そこへ下らない嘲笑の唾まで吐きかけられた呪われの夜の悪夢のうちにも、なお誇り得る人間の血は、涸れずにあった。そうだ、そして吾々は、この血を享けて人間が神にかわろうとする時代にあうたのだ。犠牲者がその烙印を投げ返す時が来たのだ。殉教者が、その荊冠を祝福される時が来たのだ。吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ。吾々は必ず卑屈なる言葉と怯懦なる行為によって、祖先を辱しめ、人間を冒涜してはならぬ。そうして人の世の冷たさが、どんなに冷たいか、人間をいたわる事が何んであるかをよく知っている吾々は、心から人生の熱と光を願求礼賛するものである。
 水平社は、かくして生まれた。人の世に熱あれ、人間に光あれ。       大正11年3月3日】

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