郷土史=地元史にこだわる。

 今から2年半ほどまえに、私はある人とのメールのやりとりの中でこんな事を書いていた。

【『奈良』、私の生まれ育った地です。58年間ぐらい。奈良でも南の方なので、まだまだ古くさい習わしが多く、イヤになることも多々ありますが、奈良に生まれ育った事が今の自分自身を作ってきたと考えると良かったのかという所です。(2009年9月10日 木曜日)】
 
 その頃、生まれ育った奈良の歴史、とりわけ奈良にまつわる被差別民衆の歴史を巡り回っていた時期であった。

【「天皇制による洞村の強制移転」の現地に行ったり、御所市の「水平社博物館」へ行ったり、「朝鮮人連行・強制労働によって作られた旧柳本飛行場の跡地」へ行ったり、つい最近では「初期の奈良県水平社の土台を作った三協社ゆかりの地・桜井の大福部落」の見学などです。(2009年9月18日 金曜日)】

 そして多くの事実を知り・学び、そして自分自身の活動の原点にしている。多くの事実を知る中でもっと身近なところで歴史的な事象をも知ることができた。
 こんな地元で、あの歴史上の人々が誇りうる活動をしていたことなど知らなった。どんどん身近の地元にこだわって、最終的にはおそらく自分自身に行き着くであろう、郷土=地元史の継承に向かっていきたい。


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