奈良県・磐城村太田方の小作争議 2

 1928年3月15日、当時の日本共産党が全国的に躍進する中で、田中義一(軍閥)内閣が、全国1道3府27県で共産党員の自宅や労農党本部や約50ヶ所の左翼団体を家宅捜索し、1,568名を逮捕、484名を起訴する事件が起こります。奈良県においても、日本農民組合県連事務所に対して家宅捜索が行われ、全国水平社の木村京太郎さんや西光万吉さんなど7人が不当逮捕・起訴されます。それ以外にも多くの活動家が拘束されます。この弾圧で県下の農民運動や水平社運動、労働運動は打撃を受けます。
 しかし、そんな中で磐城村小作争議が闘われます。以下は当時まかれたビラの一部分です。

【立入禁止に就て】 《前略》・・・昔仁徳天皇の御代に農民が非常に困窮した事があった、天皇は三カ年間年貢米を取立てる事を御許しになったので、農民の生活は非常によくなったと云う輝かしい歴史を持つ我国に於いて働いても働いても引合はない、食へないと叫ぶ小作農民をより、酷く搾り取って苦しめようとする地主よ!!
近頃種々問題の起こるのも何が根拠かと云う事を感へて此農村問題の根本解決に努力せよ!!
磐城村小作争議に関係ある地主はそんな事は少しも感へていない、之等の悪地主共を覚醒せしむべく我々は団結して飽くまでも戦わねばならぬ、それこそ、我々の目下の急務である。
全県下の小作農民諸君極力応援せよ!!
檄電や檄文の雨を降らせ!!

昭和3年5月14日

              北葛城郡磐城村尺土
                     日本農民組合磐城支部争議団本部


小作人を苦しめている地主に対する激しい怒りを感じさせるビラですが、この当時の農民組合の天皇崇拝を感じさせられます。


 

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