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zoom RSS メモ・日本帝国主義の侵略史 【戸籍法の成立】

<<   作成日時 : 2010/02/25 20:50   >>

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 日本帝国主義は、『戸籍法』の完成によって「日本皇民」としての再編、そして人民支配の武器として活用します。ちなみに、1871年の『戸籍法』によって作られた戸籍を『壬申戸籍』【1872年】といい、1945年の「大日本帝国」敗戦後も、『原戸籍』として1970年まで各市町村の役場に保管されていました。この『壬申戸籍』には旧身分や職業、犯罪歴や病歴などのほか、家柄を示す族称欄が設けられ、被差別身分の人を「新平民」、アイヌの人に対しては「旧土人」などと記載されていました。日本帝国主義はアイヌ民族に対して、その民族性を剥奪した上で「日本皇民」の構成員(しかし「旧土人」)として組み込んで行くのです。1876年(明9)以降には、『壬申戸籍』への登録にあたって「氏」を強制し、「名」を和風の「名」に変えさせられる、いわゆる『創氏改名』が強制されていきます。明治維新以後、急速に資本主義化【=近代化】を進める日本帝国主義者は、アイヌ民族を「皇民化」していく過程の論理として、アイヌの人々を「未開な人々」「野蛮な人々」と規定していました。その論理の根底には、「脱亜入欧」の考えがあり、アジア全体が欧米に比べて近代化が遅れており、より急速に欧米化する事が近代化であるとし、それを押し進めると同時に、アジアの中においての近代国家(=帝国主義国家)の盟主として君臨するというものでした。1868年、明治政府は「五箇条の誓文」を打ち出し、天皇を中心にした国家体制を作っていきます。これまで、各地の藩が持っていた「版籍」を、天皇に返上させ、更には廃藩置県を断行していくのでありますが、この「五箇条の誓文」こそは、「天皇を頂点とした帝国主義国家」の基となっていきます。
1871年の『戸籍法』の成立と同時期に成立したのが、解放令【賤称廃止令】です。

「五箇条の御誓文」
一.広ク会議(かいぎ)ヲ興(おこ)シ万機公論(ばんきこうろん)ニ決スベシ。
一.上下心ヲ一ニシテ盛(さかん)ニ経綸(けいりん)ヲ行フ(う)ベシ。
一.官武一途庶民(かんぶいっとしょみん)ニ至(いた)ル迄各其志(までおのおのそのこころざし)ヲ遂(と)ゲ人心ヲシ   テ倦(う)マザラシメンコトヲ要(よう)ス。
一.旧来(きゅうらい)ノ陋習(ろうしゅう)ヲ破(やぶ)リ天地ノ公道ニ基(もとづ)クベシ。
一.智識(ちしき)ヲ世界ニ求(もと)メ大(おおい)ニ皇基(こうき)ヲ振起(しんき)スベシ。

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