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zoom RSS メモ・日本帝国主義の侵略史 【戸籍法から始まった日本帝国主義のアイヌ民族に対する支配・皇民化】

<<   作成日時 : 2010/01/12 02:29   >>

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 1869年(明2)8月15日に、それまで「蝦夷地」であったのを「北海道」とし、北海道に国郡制をひきます。11の国と86の郡をおきますが、その中の千島国にはクナシリ・エトロフ島も含むものでした。
江戸時代に松前藩が幕府に「北海道本島、千島列島、カムチャツカ、樺太は松前藩領で自分が統治している。これらの地域には、アイヌ人がそれぞれ住み酋長がいるが総支配は松前藩が行っている。」【独立行政法人北方領土問題対策協会ホームページより】と上申していた事を踏襲して、なし崩し的にアイヌ民族が住んでいた所は日本帝国の北海道だとしていきます。
 さらに、すべての「日本国民」を「皇民」として統治するため公布された『戸籍法』【1871年(明4)4月4日公布】は、アイヌ民族を支配統治していく上で決定的な意味をもちます。実はこの『戸籍法』は、単にアイヌ民族だけでなく日本列島に住む全ての民衆を天皇を頂点にした帝国主義国家に従属させていく大きな契機になるものでありましたが、アイヌ民族にとっては民族文化を否定されるだけでなく、アイヌ民族自身の存亡に関わるものとなっていきます。
アイヌ民族に対する『戸籍』の完成は、1875年(明8)〜76年(明9)といわれています。他の地域や北海道内の「和人」の完成より2年〜3年ほど遅く完成しています。相当アイヌ民族の人々の間に自然発生的な抵抗があったのではと思われます。それは、アイヌ民族に対しては、伝統的な文化や風俗(女性の入れ墨・男性の耳環)の禁止を目的にした【1871年10月8日の布達】を伴って打ち出された事からも明らかです。そして、1876年9月30日には1871年の布達より厳しい、アイヌ民族を「開明の民」(文化の進歩した民)にするために、伝統的な文化や風俗(女性の入れ墨・男性の耳環)の禁止に違反した者には厳重な処分をするという厳達が出されます。
日本帝国主義はアイヌ民族を支配・統合・皇民化する為に、『戸籍法』を完成させる為に、アイヌ文化とアイヌ民族存在自体を否定する事までやってきたのです。




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