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zoom RSS 生駒山・宝徳寺

<<   作成日時 : 2009/12/07 17:42   >>

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11月28日、大阪の日本軍「慰安婦」被害者の証言集会に行く前、午前中に生駒にある宝徳寺というお寺参りをして来ました。以前からこのお寺の存在は知っており、いつかは行きたいと思ってましたが、やっと実現しました。案内では、近鉄生駒駅から歩いて5分ほどの所に宝徳寺はありますが、この地に不案内ということもあり、又急な坂を上るのでボクの足で10分ほどかかってしまいました。
 何もアポを取らず飛び込みでお寺参りをさせてもらいましたので、最初はボクの風貌を見て胡散臭そうな顔をされていましたが、「コレコレシカジカでよせてもらいました」と言うと、2代目住職、カン・ヨンヒさんは、1時間ほど、寺の案内や本堂に上がらさせてもらいお茶までいただながら歓待してもらえました。実はこの宝徳寺、韓国に総本山を持つお寺で、韓国では「ナヌムの家」の運営もしている大韓仏教曹渓宗のお寺です。この寺は、1949年チョウ・ナムソック住職が建てられたお寺で現在は2代目のカン・ヨンヒさんが住職をしておられます。

 1913年1月26日、大阪電気軌道株式会社(現近鉄)の旧生駒トンネル(現在は使われていない)の建設中、大規模な落盤事故が起こりました。現在に至るも正確な犠牲者の数はわかっていないと言うことですが、日本人の労働者を含めて多くの朝鮮から来ていた労働者がその犠牲になられました。この工事を請け負った建設会社は、戦後も大手ゼネコンとして有名な大林組です。大林組は、国土を植民地にされ土地を奪われ、生きるすべを失った朝鮮の人々を、危険なトンネル工事に就労させたのです。当時の政府・軍と癒着して大林組は朝鮮の人々を半ば強制的に労働力として使っていたのです。そんな中、大規模な落盤事故が起きたのです。いまだ、正確な犠牲者もわからないと言うのは、当時の軍部・大林組にとっては、植民地化した朝鮮の人々の名前や出身地などどうでもよく、ただただ牛馬のごとく朝鮮の人々をこき使っていた事の証明でもあります。宝徳寺には、そんな身元も名前もわからず死んでいった朝鮮の人々を供養するために、『韓国人犠牲者無縁仏慰霊碑』が1977年11月26日に建てられました。『慰霊碑』の前には、その説明文がありましたが、台風のために飛ばされたとの事です。

 ボクがいった時はその説明文は寺の倉庫に収められていました。カン住職は早く修復したいと言っておられました。カン住職は、お寺の本堂で日本と朝鮮半島の関わりの深さ、今の日本社会のあり方、在日朝鮮人が受けてきた様々な迫害・差別について、ボクに丁寧に説明してくれました。ボクは、近いうちに仲間と共にカン住職の話を聞きに来たいというと、快く受けてくれました。
 是非また、カン住職の話を聞く企画を実行したいと思ってます

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コメント(1件)

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「本堂に上がらさせてもらいお茶までいただながら歓待してもらえました」ってすごいうらやましいです!!私も行きましたが、人の気配がなかったので、ぐるっとまわって帰ってしまいました。。坂道すごいですよね。お疲れ様です。「韓国では「ナヌムの家」の運営もしている大韓仏教曹渓宗のお寺」というのも初めて知りました。生駒ってすごいですね。議会の決議もあがったし。ところで証言集会で、博物館のフィールドワークでお世話になったかたにお会いしましたよ!これもびっくりでした。

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2009/12/1(火) 午後 8:44[ A ]

Aさん、やっと届きました(^-^)/ 出草之歌よ!
ro
2009/12/07 20:15

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